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Home 相談員のコラム 相談員コラム…TORA-TANUの真意

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 先のコラムを書いたら、「無謀だ」「がんばれ」といろいろな意見を頂いた。計画自体は思いつきだし、リスクも小さいので、もし失敗しても“屁のカッパ”(狸の上にカッパかよ!)だ。今回は「老後の自立に向けて何かをしたい」というあせりにも似た動機について書いてみたい。

   先週の朝日新聞(11/19)にアンチエイジングの特集で生物学者の本川達雄さんの記事があった。今の“Myテーマ”にドンピシャなので少し長いが紹介したい。タイトルは「命が延びて不安が延びた」。以下、要約してみる。

 長生きの欲望には限りがない。本来、命を永遠にしたいというのは生物としての欲望だ。でも、それは個体が生き続ける事ではなく、定期的にまっさらの新しい個体(子ども)をつくり「私」は次の世代として生きていくことが、「命を永遠とする」ということだ。生物学的には、人間も次世代を生む能力があるところまでが本来の部分であり、老後は医療や科学技術が作り出した命である。老後が延びることによって、子どもが暮らしやすい社会を作れればいいのだが、現実には老後を支える膨大なお金やエネルギーを若者が負担している。お年寄りに優しい長寿社会は、裏を返せば若者いじめの社会なのだ。雇用しかり、年金や医療保険とか赤字国債も若者につけを回し、それによって老人が長生きするなんて道義的に許されない。「3月11日」で、今までの脳天気さに気づかされたが、エネルギー問題や認知症などの不安を抱えながらの長生きなのだ。

 以上が要約だ。まったく同感だ。私は55歳、つれあいは61歳、ぎりぎりで世代間格差の勝ち組に入る。年金にしても、大した“既得権益”ではないが、でもそれにあぐらをかいて若い世代の負担の上で「のんびりした老後」をおくる気にはなれない。自分の子どもだけでなく、大人として子ども世代に責任がある。そんなことを考え、以下、私自身の老後のイメージを考えた。

①若い世代の領域を荒らさない。
 出来るだけ若者と競合しない仕事をさがす。私の場合は自営業+α。

②マイナスは公平に負担する。
 年金や医療保険など社会保障費をどうにかしなければならないのは直近の課題だ。
 支給総額を抑えるために若い世代にツケを回さないで、いまの老後世代も含め
 みんなで負担する。

③気楽に仕事をする。
 自分の介護が必要となるまでの“元気な老後”の間は社会の隅っこでボチボチ働きたい。
 ひとつはお金のため。もうひとつは人とつながるため。もう、大金は必要ないので、
 長時間労働はしないし、お金のためにイヤなことをしたり、我慢はしない。
 自分がしたいこと好きなことを仕事に出来ればなおいい。
 
 今まで“老後”なんて、来るのが当たり前で、ぼんやりと悠々自適ならいいな程度のみみっちい考えしかなかった。そんな山の彼方だったけど、3月11日以来「私に未来はあるのだろうか?」という考えが頭の中をぐるぐるしている。日常が一瞬にして破壊される惨状の前では、老後や長生きなんてとても考えられなかった。

 老後は孤独で貧乏で若者世代の重荷になり、病気に怯える不安なもの、と悲観するなら、1日延ばしに考えたくもないが、そんな暗い老後でも想像できること自体がきっと贅沢な事なのだと今は思う。老後は生物として“オマケ”なのだから、出来るだけ自立して、納得のいく老後にしたいし、若い人がうらやむような、考えただけで“ニヤニヤしてしまうくらい楽しい老後”でなくしてどうするという気持ちだ。

 というわけで、自活できる小金の入った財布を持ち、いつでもどこにでも行ける自由と好きなことができる時間を持てるように、日夜「何をしようか」と考えている。実現できる気力と体力があるうちは、「やりたいことは後にしないで、さっさとやる。」と決めた。


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