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Home 相談員のコラム 相談員コラム…原発再稼働を阻止しよう

PostHeaderIcon 相談員コラム…原発再稼働を阻止しよう

  原発を再稼働させようという動きが急である。電力会社、経済界、政府特に経産省は「このままでは夏の電力不足は必至である。」「製造業がますます海外移転して、日本経済に大打撃を与え、失業者が増える。」と脅して原発の再稼働をもくろんでいる。もちろん、首までどっぷりと原発マネーに浸かっていた地元町村は再稼働に賛成だ。(こういう御しやすい所から突破する作戦のようだ。)

  たぶん、3.11以前ならこれで良かったのかもしれないが、原発マネーの恩恵にあずかれない、でも事故が起これば被害甚大という近隣県が黙っていないというのが再稼働をめぐる今の状況だ。今の日本に住んでいる限り、この問題への傍観は許されない。だから立場を明らかにする。私は「原発をこの際思い切って全部止めた方がいい」と考える。

  理由の第一は原発が無くてもどうにかなっている今の現実だ。「原発の依存度は電力消費量の30%もあるので、原発なしでは生活は立ちゆかない。」と言われてきたが、どっこい日本中の原発が止まっても深刻な電力不足にならないだろう。現在、稼働している原発はたった一基のみだ。夏は確かに不足する可能性はあるだろうが、昨年の計画停電や夏の節電を経験したので、1015%の節電もどうにか切り抜けできるだろうという自信がつき、むやみに怖れることはなくなった。つまり、電力会社や政府の脅しは効かない。

 理由の第二は原発のコスト問題だ。原発の発電コストは安全性を低く見積もることで安くあがるしくみになっている。地元は出来るだけ狭い範囲にとどめ、効果的に大金をばらまき黙らせる。事故も出来るだけ想定を少なく見積もり、耐震や防御の為の費用を抑える。低レベル廃棄物は野積みにし、高レベル廃棄物はとりあえず考えないで置く。このような「危険を限りなく低く想定する」従来の方法で原発の発電コストは極端に低く押さえられた来たのだ。福島の大事故以降、いくらなんでもこれは通用しなくなった。電力会社などの主張する「採算の合う範囲でしか確保しない安全性」で大事故は防げるのか? といのが素朴な疑問だ。

 さらに核燃料廃棄物の問題もある。最終処分方法さえ決まっていない危険きわまりない核燃料廃棄物がたまり続けている。これは日本だけの問題でなく、原発を続けている全世界に共通の解決不能の問題なのだ。無害になるまでに10万年とも25万年とも言われる核燃料廃棄物に対して、現在の私たちが責任を持てないことは明白だろう。だが、これ以上増やさないという決断は私たちに出来るし、唯一、それが私たちに出来る決断だと思う。私たちは未来に対する負債に対して素直に謙虚にならなければならない。

 3.11以降、一番変わったのは「原発の地元はどこまでか?」という今まで無視されてきた問題だ。もちろん、今までのように地元市町村と県だけというわけにはいかない。地元を「事故が起きたら影響を受けるところ」と定義すれば、その範囲は数百キロに及ぶし、当事者だと思う人は数百万~数千万人になるだろう。実際、福島の事故の被害範囲は隣接県のみならず東京、神奈川、群馬、静岡など数百キロの範囲にまで及んでいる。“お金で黙らせる”という方法がいいとは思わないが、もしこの範囲に住む“地元住民”を納得させる為にはどれだけのお金がかかるだろうと考えると、原発コストは跳ね上がり、とても採算が合う発電ではなくなる。

 今まで、一機5,000億円、総額数十兆円という巨額投資をしてきた電力会社やそれを支えた産業界、推進した政府の本音は「再稼働できなければ原発は廃炉費用も含めてすべて不良債権となる。新規建設は無理でも、既存原発は40年、出来れば60年動かしたい。」といところだろう。このために、かなり場当たり的対応をしようとしている。例えば浜岡原発を止めた中部電力では、地元の合意を得るために、津波防護壁を作ると言って高さ18mの壁の工事をいきなり始めた。そこへ、津波はもっと高くなるという予想が出たので今度は21mに引き上げるといっている。このための費用は1,0002,000億円だ。しかし、浜岡の地形を知っていれば小学生でもわかるが、壁の無いところから易々と海水は入ってくる。完全に津波から原発を守るためには完璧な強さと高さの塁で囲むしかない。実現不可能だ。

 今もこのように安全に対しての展望が一切ない原発を続けるために、湯水のごとくお金(電力代金)は使われているのだ。「いずれ数十年後に原発をやめるので、再稼働を認めて欲しい」という“脱原発依存”なんていう美辞麗句も最近よく使われるが、ごまかされてはいけない。確かに今までの巨額投資はおしいし、廃炉費用もかかるが、いったん原発の再稼働を認めれば、傷口は広がり、無駄なお金をまた注ぎ込むことになる。どんなに注ぎ込んだお金が巨額であっても将来のない事業は止めるべきだ。

 多くの犠牲を払い、今なお進行中の福島の事故から得た貴重な教訓は「原発をあきらめる」ことだ。原発がない今の状況を続ければ自然と“脱原発”へたどり着く。私は地震のたびに原発の心配をするより、ちょっとくらいの不便(節電や電気料金の値上げ)を選ぶ。無ければないで、新しいエネルギーへの転換が出来るし、新しい産業も生まれるだろう。グズグズするより思い切って前に進んだ方がいい。

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