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Home 相談員のコラム 相談員コラム…供養の形

PostHeaderIcon 相談員コラム…供養の形


 私にはあまり祖先への信仰心が無いようだ。思い返すに小さい頃から祖母が「死んでから何してもらってもしょうがない。」と常々言っていたせいだと思う。「大事にするなら生きているうち」というのは本当にその通りで、私も骨になってからうやうやしく大事にされても祖母同様うれしくないと思う。だから、子供の頃から会ったことも無い親戚が恭しく祭壇に手を合わせ、読経と線香をあげる葬式はあまり好きではなかった。葬式の好きな子供というのもいないだろうが…。

 しかしそんな子どもの頃見たお寺での葬式は、葬儀屋が主導権を握るようになるとあっという間に“何とか会館”で行なわれるようになり、簡略化、形骸化の一途だ。特に都会の葬式は判で押したような手続きと化している。そのくせ過剰な音楽や司会の演出で白けることも多い。

 葬式費用も直葬、火葬のみなら50万円、家族葬なら70~100万円、通常の葬式でも200万円程度の出費である。外国に比べてもかなり高く、老後つましく暮らしているというのに、あんなものに最後の大枚をはたくかと思うと何となく悔しい。

 死んだものは残された人の記憶の中で生きると言われるが、その記憶した人間もいつか死に、よほどの有名人以外は本当に世の中から消える。供養というのは顔も知らぬ先祖代々の墓をまもることではなく、生前を知る人の記憶がなくなるまでの間の気持ちの拠り所だと思う。だから、残された人の重荷になるような大きなお墓や盛大な法事は必要ない。むしろ迷惑だ。環境的にも、お墓は一種の自然破壊だと思う。

 もちろん死後の後始末は自分では出来ないので、後を頼む人の負担にならないよう簡単簡潔な準備が必要だ。ただ、生き方同様、死後の在り方も自分で決めていいけど、供養というのは所詮残された人の気持ち次第と割り切るべきだろう。供養や祈りは家族や他人に強要するものではない。

 というので、私の希望は散骨だ。でも、残された人の中には、気持ちの拠り所がどうしても欲しいと言う人もいる。そんなときは遺物を小さな入れ物に入れて、身近で供養する「手元葬」にするのもいいだろう。仏壇など必要なく、部屋の隅にでも写真と小さな入れ物をおいてコーナーを作り、時々季節の花や好物をお供えするだけでいい。義務ではなく、気持ちの安寧のための供養だ。

 特にペットの供養には「手元葬」はお勧めだ。良くも悪くも「家族同然」というペットは多い。ネコや犬を子供あつかいして、かわいいからと人間にようにお金をかけてお墓をつくったりするのは考え物だ。飼いの自己満足だけということになりかねない。それなら、「手元葬」にして身近に置いて、飼い主の気の休まるよう供養しよう。

 そんなことを考えながら、「ペット用 手元供養グッズ」を焼き物でつくって見ました。TORA-TANUというネットのお店のギャラリーに出しているので、良かったら覗いて下さいね。こちらです。

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