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Home 相談員のコラム 相談員コラム…相続の話── 長男道②

PostHeaderIcon 相談員コラム…相続の話── 長男道②

 私の父は1921年(大正10年)に小さな商家に生まれた。もちろん旧民法下で、しかも4人目の長男で、上3人が女の子でやっと生まれた男の子である。両親だけでなく、特に父の祖父が大喜びしたそうだ。
 その後、弟や妹が次々に生まれ、兄弟は9人となる。貧乏人の子だくさんを絵に描いたような家で、小さい頃から家業を手伝った。中学に進学したかったが断念し、家業をついだ。兵役で海軍に入り、海軍経理学校を経て軍艦にのり、九死に一生を得て戦後を迎える。復員後、経理を生かし商社に勤めたが、結局、祖父が病弱で家業に戻り、私の母と結婚し、兄と私の2人の子供をもうけ、80代まで商売を続けた。

 父は10代の後半から実質的に家長であった。祖父が病弱であったため仕方なかったが、大した家ではないのに本家であったため、親兄弟だけでなく、家から出た親戚まで含め、大勢の人が父の双肩にかかった。それが苦痛とかとはあまり思わなかったらしい。何故ならそれは自分が長男だから。骨の髄まで「長男道」の人なのだ。

 若いのに年上の3人の姉の結婚をまとめ、大八車で婚礼タンスを買いに行き、自分が行けなかったからと弟たちを大学まで進学させた。戦後の混乱期に兄弟が次々結核になれば、小さな家を建て、生活の面倒を見て病気を治し、妹たちの学校や結婚も世話をした。従兄弟が商売につまずけばお金を貸し、親族が死ねば葬式と後始末をやり、親戚が土地の境界でもめれば交渉し、姉と妹の2人が夫に死別すれば、残された小さな子どもたちの父親代わりとなり生活を支え、その子のひとりが学校で理不尽な扱いを受ければ校長室に乗り込んだ。ありとあらゆる親族の困りごとをバッサバッサと片付けるのである。

 子供の頃、良く覚えているが、父親が腹巻きに札束をぎっしり入れて数日戻らないことがあった。後年聞いた話では、公務員をしている妹の夫が、連帯保証の印を気軽に押して家を取られそうになり、泣きつかれて、その話を破談にするために遠方まで出かけたのだ。こんな調子だったので、兄弟はいうに及ばず、甥や姪、その子どもたちまでも「自分が何とかしなくてはいけない。」関心の対象であった。父の母である祖母は同居していたが、94歳まで元気に商売を手伝い、そして大往生した。

 もちろん、高度経済成長期に手堅く商売をして小金があり、自営業なので時間を自由にできたのと、私の母がお金や人間関係にギスギスしていなかったから、父は思い切って「長男道」に驀進できたのだと思う。その長男道の対価である相続だって田舎の数十坪の家と倉庫にしていた家作のみで微々たるもんだ。いくら旧民法の時代に育ったとしても、このような「長男」ばかりではないだろう。今どきのスケールの小さい「長男」とは違う、ある意味究極の長男である。

 しかし、やっぱり回りの人間にとって、父の「長男道」がすべて良かったとは言えない。なんしろ、人の話を聞かないワンマンで、頑固で思い込みが激しく、頭ごなし。いつも「世話になっているのに文句いうな。」という姿勢だ。感謝される一方で、煙たがられもした。私が十代になり、そんな父親の陰口をいう回りの大人を見て学んだのは「世話になるなら文句言うな、文句言いたければ世話になるな。」ということだ。

 それに今にして思えば、父だってしたかったこと、望む人生があっただろうに、こんな貧乏くじの「長男」を引き、ちょっとかわいそうだったなと思う。最初に生まれた男の子だから自動的に「長男」になるわけではない。「長男」は「長男」として育てられ、「長男」の役割を果たして「お兄ちゃんありがとう」と言ってもらえるのだ。

 長男がすべてを相続するのも、もともと商家や農業などは分割してはなりたたないからだ。親との同居だって、年金のない時代の親は単身で生活するお金もなかったし、今より遙かに短命だった。

 確かに家制度にはある意味、セイフティーネットの側面があったのだ。個人の意志を無視して就職や結婚を強引に進め、病人や年寄り、子供という弱者の面倒を見る。公助たる政治が弱体化した昨今、それを埋めるべく、保守勢力は家族の再生といって「絆」だの「家族愛の美徳」とかとなえている。しかし、麗しい家族愛は、いつの時代にも、リーダーを押しつけられる長男と我慢を強いられる家族という、かわいそうな個人の犠牲の上に成り立っている。そんな時代に戻りたくもないし、いまさら戻れないだろう。

 今どき「長男」といえば、親との同居や老後の世話、一括相続という風に矮小化して語られるが、旧民法の長男はもっと広く「家」や「家族」を守り、だからすべてを相続した。良くも悪くもそれなりの覚悟が必要であったようだ。そんな私にとって重苦しい「長男」の立場を、相続で有利に運ぶ目的のためだけに、軽々しく持ち出す輩が私は許せないのである。

 

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