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Home 相談員のコラム 相談員コラム…選挙が終わって思うこと

PostHeaderIcon 相談員コラム…選挙が終わって思うこと


 選挙結果を見て、予想されたとはいえ脱力感は否めない。原発推進派、憲法改正派が多数を占めることになる。いろいろ言いたいことはあるが、今回は日本の核武装について考えてみよう。

 3.11の悲惨な原発震災を目の当たりにし、冷静にエネルギー政策だけを考えれば、原発はもはや必要ない。推進派とくに保守の政治家の本音は、潜在的核兵器としての原発を手放したくないのだろう。原発を稼働していれば核を保有していても、日本の核武装を望まないアメリカやアジア諸国に対し表面的に大義名分がたつ。もし、原発すべて廃炉になった場合、日本の保有する核物質は海外から疑惑の目をもって処理を迫られることになる。


 北朝鮮を見るまでもなく核物質とロケット技術があれば核保有国になれる。日本は原発の廃棄物として大量のプロトニウムを保有し、衛星を飛ばせるロケット技術がある。核武装には大手飛車取りの状況だ。韓国も同様であり、後に続く国家もある。

 しかし、日本が核武装するという議論は一度も国内の公な議論の俎上にのぼったことはない。議論すれば「唯一の被爆国で非核三原則のある日本の核武装はない。」という正論の前に議論にならかったともいえる。しかし、原発と衛星技術という一見関係無い既成事実が積み重なり、北朝鮮や中国などへの脅威が叫ばれる今、どこまで正論で核武装を防げるのか、核武装論者石原慎太郎のはしゃぎぶりといい、今回の選挙結果を見ると心許ないのである。自民が維新と結託すれば、改憲も核武装もありうる。

 そんなさなか、アメリカのコネチカット州で小学校の乱射事件があった。殺されたのは6歳から7歳の20人の子供と教職員の26人にもなるという痛ましい事件である。アメリカではこの様な事件が起こるたびに「銃規制」論議が起こるが、「自衛の権利」という大義名分と「ライフル協会」なる政治団体のロビー活動で阻まれる。銃のない社会にいる私たちには理解しにくい状況だ。でも、アメリカ人が暴力的で日本人が平和的なのではない。銃さえなければこんな事件は起こらないし、いったん武器が広まれば、それを放棄させることがいかに難しいかということだ。

 私にはアメリカの「銃」と日本の「核武装」がだぶって見える。隣人、隣国への不信が疑心暗鬼となり「自衛」の為と言って、個人としては「銃」、国としては「核」という武装が始まれば、今回の様にちょっとした火花で暴発する。個人が疎外に追い詰められれば銃を乱射し、もし石原のごとく口汚く隣国の悪意をあおれば、あっという間に戦争状態となるだろう。銃も核も一度手にしたら、放棄するのは至難の業だ。

 隣にとんでもない人が居るとき、人はどうするのか、武装するのか、やられる前にやってしまうのか、説得するのか、味方を増やすのか、法に訴えるのか? 国際間だって、色々不備はあるが、国際法や国連の調停機能にゆだねるしかない。その上で破滅的争いや戦争を回避するために地道なあらゆる努力をする。

 カンジーの非暴力不服従の平和運動と同じく、平和を暴力の前で貫くのは困難だ。日本はほんの60年前に周辺国にとってとんでもない悪意の隣国だった。疑惑の目を向けられて当然なのだ。しかるに今の日本の空気は侵略国だった過去のことは棚に上げて、とんでも無いことをしかねない理不尽な隣国とどう対処するかという事になりつつある。あおられて、ろくな議論もしないで、国防軍、再軍備、核武装という道を進んでは絶対にならない。

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