イラスト:鈴木ハルナ


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Home 相談員のコラム 相談員コラム…「小さな家 ヒヤシンスハウス」に行ってきました。②

PostHeaderIcon 相談員コラム…「小さな家 ヒヤシンスハウス」に行ってきました。②

 前回からの続き。私は建築家ではないので、家の居心地の良さというのは感じることはできても、何故かは良くわからない。実際「ヒヤシンスハウス」の椅子やベッドに座ると人の家(誰も住んだことがないので家とも言えないが)とは思えないほど落ち着く。素人なりに推測するに、それは「狭さ」と「窓」かなと思う。
 狭い所が落ち着くのは、何でも手が届くと言った便利さや合理性だけでない。子供が押し入れに入りたがるように、空間の全てに自分がなじむ気持ちよさで、それは人間の根源的欲求のような気がする。洞窟で暮らした原始の人間が、危険や寒い外界から逃れるために、身を寄せ合い、たき火を取り囲んだホッとした空間の記憶かもしれない。子供の本でも、冬に穴蔵や木の祠の小さな家に住む小動物の話は根強い人気がある。

 今はお金の問題でほとんどの人が、狭い家にならざるを得ない。広い家は豪邸と言われるし、私も自分の家は「窮屈」「狭っ苦しい」とつい文句ばかり言ってしまう。でも「ヒヤシンスハウス」を見て「狭い」こと自体は悪くないと思った。同じ四畳半でも、仕方なく狭くしたのと、望んで狭くしたのではその空間の在り方が違うという事かもしれない。

 もうひとつ「窓」だ。「ヒヤシンスハウス」には印象的な3つの窓がある。入口から入って右側にL字の大きな窓がある。その奥の長い机と椅子がある所に横長の窓があり奥のベッドスペースに小窓がある。

 大きな窓は友人が来たときに語らうパブリックスペースで大きく外に開いている。横長の窓は執筆や本を読むひとりで過ごすスペースで、椅子に座って目線をあげると外の木々の緑が見える。ベッドは3方を板壁に囲まれ、一方は一部机の影になっているので、閉じられた感じだ。そこにまさに「ピクチャーウインドウ」と言うべき小窓があり、景色を切り取っている。ガイドさんによれば「寝ながら、沼が見えるようにつくられた窓」だそうだ。

 たった5坪という広さにも関わらず、人が集まる楽しい場所、ひとりで静かに思索できる空間、ゆっくり寝る所と3つの機能がそれぞれの印象的窓とともに小さな家に違和感なく配置されている。つくづく考えられた家だと思う。

 お気づきの方もいるだろうが、この家にはトイレはあるが、風呂や台所がない。だから一切の生活感がない。「生活感ないですね。」とガイドさんに聞いたところ「もともと立原道造は、この週末用別荘を沼の反対側に建てようとしていたようです。すぐ横に友人宅があり、そこで食事や風呂は済まそうと考えていたので台所や風呂は必要なかったのでは」とおっしゃっていた。自然の中に詩人や画家などの芸術家コロニーを考えた立原の小さな家には生活感は必要なかったのかもしれない。

 最後に気になるので「この家はいくらで建てましたか?」と聞いたところ、こんな露骨に質問する人はいないようで「具体的金額はわかりませんが、忠実に再現するため金具などは特注したのでかなり掛かったようですよ。」とやんわり教えてくれた。確かに、立原のスケッチには椅子やテーブル、ドアノブや窓の取っ手などの金具も細かく書かれているので、再現するにはお金がかかっただろう。


 確かに再現にはお金はかかるが、所詮、杉材がメインの木造の小さな家だ。ある程度フォーマットが決まれば、台所や風呂を付けてもそんなに高くはならないだろう。問題はあの自然環境とよき隣人だ。

 帰りの車では、老後の家のヒントを見に行こうという殊勝な気持ちは忘れて、図々しくもすっかり「小さな家」を建てる気になっていた。若い人は週末の家、老後になったら長期滞在。都会から一時間ぐらいで、できたら共同の食堂やお風呂があればなおいい。今なら、エネルギーも出来るだけ自前で賄いたい。「ヒヤシンスハウス」を見ているとそんな夢が膨らむ。

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