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Home 相談員のコラム 相談員コラム…介護を考える②──施設入居時期の見極め つづき

PostHeaderIcon 相談員コラム…介護を考える②──施設入居時期の見極め つづき

 人生の最後に避けては通れないのが介護だ、というのが前回の話だった。結果的に介護の必要がない突然死だったとしても、それは稀なケースで、社会生活を営み医療と関わっていれば、人間、なかなか簡単には死なせてくれない。極端な話、倒れて意識がなくなれば「救急車」を拒否することもできない。

 
しかも介護が必要になる時期の見極めが実に悩ましい。遅すぎた例と早すぎた例の失敗を紹介しつつ、施設入居の時期について考えたい。今回は遅すぎた介護だ。

 私の知り合いにA代さんという方が居た。A代さんは子供3人を一人前に育てあげ、夫を70歳代で亡くし、その後94歳でなくなるまでほぼ四半世紀をひとりで暮らした。夫を亡くした直後、ケチで頑固な夫の愚痴ばかり言っていたので、ひとりになっても寂しい様子はなく、解放感から友達と神社仏閣に出掛けたり、ゲートボールやグランドゴルフをしたりと毎日楽しそうに出歩いていた。

 
A代さんの住まいは一戸建ての持ち家、自分の年金と勤め人だった夫の遺族年金、それに節約家の夫が貯めた金融資産がかなりあり、つましい生活に慣れていたので支出も少なく、おまけに丈夫でこれと言った持病もなかった。健康でお金をもっている年寄りは強気だ。そのころの口癖は「誰の世話にもならない」だった。

 子供達はすでにみな初老の年で、進学や就職で高校卒業と同時に家を出て、遠方に家庭を持っていた。親子といえども別居して40年近くたてば、互いのことは理解しがたい。盆暮れには顔を出すし、用事があればたまに電話するという、どこにでもあるごく普通の親子関係であった。ただA代さんは良くいるいわゆる「口うるさい」おばあさんだったので、お嫁さんやお婿さん、孫たちとはイマイチの関係であった。

 
A代さんも年に数回アリバイ的に帰る子供達の事を「みんなが来ると、掃除や布団の事が面倒だ。」「お寿司取ったり、孫に小遣いやったり物入りだ。」と愚痴をこぼしていた。親側は「ひとりの気楽な生活を乱されたくない」。子供側は「元気だからほって置いてもひとりで大丈夫」とできれば距離を置きたいようだった。こういう状態が何年も続き、連絡も時々の電話のみとなり、行き来はなくなった。大げんかしたわけでも、何か事件があったわけでもないが、お互いに疎遠になり無関心となっていった。

 
元気なうちは良かったが、85歳を過ぎたあたりからだんだんとひとり暮らしが厳しそうになったので、知り合いやご近所が民生委員に相談し、宅配弁当やヘルパーさんなど生活介助を勧めたが「他人が家に上がるのは嫌! だいたい掃除や炊事にお金なんて、もったいなくて払えない。」とニベもなかった。本人が強く拒否すれば他人は手出しできない。そのくせ「いざとなったらお金があるから心配ない」と言っていた。

 介護保険の認定も年々厳しくなっているが、こうした介護保険未満のひとり暮らしのちょっとした生活支援は自費(時間あたり2千円~3千円)になる。もし、施設介護をのぞんでも比較的費用の安い特養老人ホームは要介護度が高くないと入れないし空きもないので、有料老人ホームという選択肢になる。その場合の費用は「入居金が少ない」もしくは「0円」タイプで毎月15万円~30万円だ。数百万円なんてあっという間になくなる。

 
ほとんどの場合、親がこういう状況になると、離れて暮らす子供に連絡が行き、子供が介護の必要性を説いて、親も子供に見放されたくないから渋々受け入れるものなのだが、A代さんの場合はそうならなかった。何故かというと子供達に説得する熱意がなく、かつ親の財産が減るのを嫌がったからだ。無関心で欲深いというのは仲が悪い親子関係より始末が悪い。

 
介護の世界では子供は絶対的権限を持つようになる。どんなに親切なケアマネでも、どんなに素晴らしい施設でも、子供の意見を無視しては介護できない。認知症などの場合はもっと顕著で、本来なら最も尊重されるべき本人の意志より子供の意見が通る。しかも、残された財産が相続対象になるので、実は子供は究極の利害関係者だ。

 
A代さんが頑固に「まだ、大丈夫」「家にいたい」というのを、子供達は自分に都合良く解釈し、まわりの心配を無視し、現実を確認することなく「本人が言うから大丈夫だろう」と放置した。ひとり暮らしを続けてくれれば大してお金はかからない。A代さんは認知症ではなかったが「今がいざという時=介護が必要」という判断がとうとう最期までつかなかった。そして、やっと子供たちが介護認定を受けさせ施設に入ったのは死ぬ一年前。

 
とくに90代になってからの生活は悲惨だった。手押し車を押して自力で買い物はできたが、一歩家に入れば、ゴミの分別ができないので缶や瓶が散乱し悪臭を放ち、掃除はしないので汚れ放題、垢じみた服で、お風呂はいつ入ったか覚えていないほど、冷蔵庫は賞味期限切れのもので一杯状態。良く掃除をしないとき「人間ゴミではしなない。」とうそぶくが、A代さんを見ていて「本当に人間は垢やゴミでは死なないんだ」と妙に納得。

 
せっかくお金を持っていても、いざという時が決められないで自分は使えず、子供も使わせてくれず、晩年まで確かに自由で自立していたが、とても人間らしい暮らしではなかった。本人と家族が拒否すれば介護は受けられない。

 この例のような「遅過ぎた介護」は、本人が介護を受け入れる覚悟がなかったと共に、利害がなく客観的物差しで関心を寄せてくれる人がいなかった場合に多い。その人は子供や肉親でなくてもかまわない。そういうキーパーソンがA代さんの身近にいれば、A代さんは有効に自分のお金で適正な介護を受けられたのではないだろうか。

 次回は早すぎた介護を取り上げよう。

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