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Home 相談員のコラム 相談員コラム…介護を考える⑥──リアル介護2

PostHeaderIcon 相談員コラム…介護を考える⑥──リアル介護2


 遠距離介護の話の続きです。老化はダラダラ下り坂を下るイメージだったけど、最近は階段状に老化は来るなと思います。ある日、突然ガタンと悪くなり、しばらく小康状態が続きまたガタンと下がるという感じでしょうか? いつどれだけ下がるか予測不可能なので、その都度の最良を選択していくしかありません。今回は介護する側、される側の気持ちの持ち方について書きます。

 まずは介護される親の気持ちですが、親とはいえ本心の所はよくわかりません。しかし、言葉のはしはしで感じることはあります。少し前までできたことができない、しかもできないことを子供に指摘され、親切そうに生活の改善? を提案される。でも、自分たちの生活は今まで通り少しも変えたくない。こういう気持ちは一貫してあったように思います。(たぶん今も)

 良くうちの親は「子供の世話にはなりたくない」と二言目には言いますが、一つには子供に迷惑をかけたくないという親心、もう一つは「自分たちの生活を乱してくれるな」という拒否感だと私は感じました。この数年間、ヘルパーさんを頼むこと、デイサービスにいくこと、お弁当を取ること、運転を止めること、杖を持つこと、外出時はオムツをはくこと、そして施設入居など一つ一つの問題を解決するために、時には大げんかしながら説得し、数ヶ月、長いときは数年かけて受け入れてもらいました。いずれも自分から選んだことでなく、子供たちから提案されしぶしぶです。なので、いつまでも「弁当はまずい」とか「ヘルパーは役に立たない」とか「自動車を取り上げられて不便でしょうがない」と不平ばかり言っていました。

 
だからやっと綱渡りで有料老人ホームの入居にこぎつけたけど「子供の世話にならない」と言いながらどこかで「子供は献身的に親の世話をするべきだ」と思っているので、たぶん不本意だと思います。介護される側には「あきらめ」→「受容する」というプロセスがあると思うのですが、こればかりは本人の中で折り合いをつけてもらうしかありません。

 
一方、介護する子どもの側から見ると、違った風景が見えます。私の場合「遠距離介護」なので、初期段階から外のサービスを使ってもらうしかありませんでした。最良な選択かはわかりませんが、その状況をどうにかするにはそれしかなかったのです。

 
「同居してくれ」とは言われませんでしたが「お前が近くにいたら」とは良く言われました。私だって、遠距離でたまに帰るので、何時間も話し相手になってやれるし、好物を作ってもっていってやれるけど、同居して毎日はとてもやれません。だから、同じ事を他人にしてもらうのは不可能だといくら言っても、外のサービスはことごとく気に入らないようでした。

 
そのくせ私が実家から帰るときには「おまえたちも中高年なんだから、健康に注意して無理はするな。」と威張って訓示をたれるので「無理しなかったらこられないよ!」と捨て台詞を吐き捨てて帰った事もあります。そんな時は帰りの車中で「言わなきゃよかった。威張らせとけばよかった。大人げなかった。」と反省しへこみます。

 
時々、こんな調子で親が本当の親業をし、私が大人になる前の思春期だった頃の親子関係が顔を出します。親が大人で子供が子供の時から親も子供も大人の時へ、そして親が助けの必要な年寄りで子供が中高年と関係性は変化するけど、一番親子らしかった頃をあきらめ切れないのは、親だけでなく自分もかなと思います。親が保護を必要とする年寄りになったことにどこか納得できないのです。「あきらめ」→「受容」は介護される側だけでなく、介護する側にも必要なようです。

 
もうひとつ遠距離介護には「あきらめ」が必要です。それは「自分自身の生活」です。最初の遠距離介護が始まったのが2008年で、それから月一回、2年前から月二回、今年の3月からほぼ週一回の片道200キロの遠距離介護で、気力も体力も経済的にもすり減っています。介護のための時間捻出と交通費のための節約に励む日々です。

 
この6年ほど海外旅行も含めいろんな楽しい予定があったのですが、ドタキャンがつづき、実家以外一度も旅行に行っていません。無理すれば行けるのでしょうが、小心なのでたぶん楽しめないし、今やいつ呼び出されるかと思うとどこにも行く気になれません。

 最初の頃はこんな状況にイライラしましたが、いつしか慣れました。介護するといっても、所詮「遠距離介護」。それに世間や親に強要されている訳でなく、自分が行きたいから行っているにすぎません。もちろん、義務感みたいなものはあるけど「行きたい」気持ちを突き詰めれば「気になる」、もっと突き詰めれば「行けば喜ぶ」からです。自分の中で行く理由がある限り、続けられそうです。

 それに道中のささやかな楽しみもあります。つれあいと車で行くことが多いのですが、音楽聴いたり、あれこれ話したり、富士山みたり、サービスエリアで食事したりの定番の他にも、たまには30分ほどのちょっと寄り道もします。とくに最近は「JA直販所」や「道の駅」で野菜買うのがお気に入りです。おかげで今年は珍しい柑橘類やタケノコを満喫しました。忙中閑ありといいますが、介護中楽(たのしみ)ありです。

 今回で介護の話は一段落し、次回から違うテーマを取り上げたいと思います。

(今回はいきなりですます調で失礼しました。)

※前の記事は左の「相談員のコラム」で読めます。