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Home 相談員のコラム 相談員コラム…長生きリスク④ 最終回

PostHeaderIcon 相談員コラム…長生きリスク④ 最終回


 前回まで長生きリスクをお金の問題から考えてきた。もうひとつ長生きすると困る問題が、まわりに人がいなくなり孤独になっていくことだ。最近、父親が「友達がどんどん死んでしまい、話し相手がいなくなってさみしい」とよく言う。そういえば、
94歳で亡くなった祖母も同じ事を言っていた。私にその孤独感は理解できないが、90歳を超える高齢者が良く口にすることばだ。

 
 長生きすればするほど、配偶者や兄弟、友人など同じ時を刻んだ人(話の通じ合う人)がどんどんまわりからいなくなる。ポツンと残された気になるみたいだ。長生きは貧困と孤独を深めるリスクが確かにある。

  長生きリスクって言い方自体が、身もふたもなく残酷で良い感じがしない。建前的には長生き=長寿だ。でも今時、長生きを本当に素直に寿(ことほ)ぐ人(本人も周りの人間も)がどれだけいることだろう。長寿の安直なイメージは、子や孫やまわりの人に「おばあちゃん、おじいちゃん」と慕われ「長生きしてね」と大事にされるものだか、そんな高齢者がどこにいるんだと言いたい。正月やお盆、敬老の日もしくは喜寿や米寿や白寿のお祝いなど、たまのセレモニーならそんな場面があるかもしれないが、残りの360日は長生きすればするほど不便で孤独で退屈な日々の連続だ。

 
数年前に97歳で亡くなった伯母がよく「長生きしすぎてなかなかお迎えがこない。早く死にたいのに死ねない。せめてお前のお父さん(弟にあたる)より先に逝きたいので毎日拝んでいる。」と言っていた。もはや自分の長生きを持てあまして、どうして良いのかわからないようだった。こんな呪いの言葉に「そんなこと言わないで長生きして」というのはあまりにも欺瞞的だし、「そうだね。はやくお迎えが来るといいね。」と言うのも残酷だし、かける言葉もなかったので「そうなんだ」と言ってごまかした。自分でも持てあますほどの長生き。誰も経験したことのない前人未踏の高齢社会ってこういうことなんだ。

 お金の問題で言えば、人間という存在もしょせん生物なので、どんなに頑張っても110歳がほぼ限界だから、それまでのキャッシュフロー表を描き、マネージメントしてくれる人を探せば良い。ようは細く長く「持続可能な老後」が一番ということだ。

 父の場合、孤独に関しては思わぬ助っ人が現れた。それは父や母の姪たち(私の従姉妹たち)だ。老人ホームに入居してから、いろんな人がお見舞いに来てくれる。義理のお見舞いは一回こっきりだが、姪たちは連れだって何回も来てくれるリピーターだ。個室なので気兼ねなく、お互いよく知る昔話や親戚の話で盛り上がる。その後、老人ホーム(伊豆)の近くを観光し遊んでから帰るそうだ。

 
別にそれまで深いつきあいがあったとか、しょっちゅう行き来していたわけではない。私が思うに、90歳台と70歳台という年齢差が相性の良さをもたらすのかもしれない。父や母の姪たちは、ほとんどが60歳後半か70歳代始めである。

 
彼女たちは仕事をリタイアし、子育てや介護も終わり、いろんな意味で余裕がある。元気はあるし、時間はあるし、年金はあるし、運転はできるし、人の役に立ちたいという気持ちもある。認知症の母は生返事だが、実家の話はわかるようだし、父は話し相手を得て大喜び。今のところ、行けば喜ぶのでまた来てくれる好循環で、まったく親戚版傾聴ボランティアだ。兄や私はまだ仕事を抱え余裕のないアラカンなので、本当に従姉妹たちに感謝している。

 長生きの孤独を理解し支えるのは、こうした何度でも同じ話を聴いてくれる心に余裕のある若い高齢者なのかもしれない(もちろん血縁である必要はない)。私も含めあくせくしている子供世代や若い人には出来ない芸当だ。

 
最後に、トンチン年金には期待するが、今のところ長生きリスクをずばり回避する決定打は見つからない。でも、軽減なら出来そうだ。とりあえず、100歳まで通用するキャッシュフロー表を作るとか、20歳ぐらい年下の友達を見つけるとか、100歳になっても楽しめる趣味や関心事を持つとか、行動半径が狭くなっても社会とつながれるネットを駆使するとかいろいろ模索していくしかない。

 
長生きリスクに怯えたり、無視したりするより、自分が100歳まで生きちゃうかもしれないと腹をくくり、長生きしても楽しい人生にすることを考えて行きたい。私にはまだわからないが、長生きもリスクがあれば必ずリターンもあると思う。長生きの先にどんな楽しみがあるのかちょっと興味ある。そんなわけで、いま超高齢者(90歳以上)の日常を淡々と綴ったブログを探している。ご存じならぜひ教えて欲しい。


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