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Home 相談員のコラム 相談員コラム…高齢出産の妙──年齢差は子供世代の老後に生きる①

PostHeaderIcon 相談員コラム…高齢出産の妙──年齢差は子供世代の老後に生きる①


 
 私は37歳で高齢出産した。そのことをFPの立場で書いていたせいか、高齢出産されたお母さんからのFP相談が多い。高齢出産は増えたとはいえまだまだ少数派だし、ましてそれに関するお金の相談をする相手なんていないから、ネットで検索して私が20119月に書いた「高齢出産のつけ ~せめぎあう教育費と老後資金」というコラムにたどり着くようだ。

 高齢出産で問題になるのが子供の教育費負担と自分の老後への蓄え時期が重なることだ。例えば、30歳で出産すると子供が一人前になる20歳前後でも親は50歳前半なので、それから退職まで10年ほど老後に備えることができる。実際、子供が育ったあとは家計も楽になり、人生で一番お金の貯まる黄金時期になる。

 しかし、40歳で出産すると子育て時期が長くなり下手をすると、退職後にまだ子育てが終わらない状況になる。もちろん目先の教育費を優先させざるを得ないので、老後資金を貯める時期もなく老後生活は厳しくなる。高齢出産は「落ち着いた子育てができる」などメンタル面でのメリットは語られるが、ことお金に関しては厳しいとばかり喧伝され不安になるのも当たり前だ。そのための方策は上記コラムを書いたときと大筋は変わらない。とにかくザックリでいいので高齢出産したら教育費と老後資金計画を立てて備えるしかない。

 でもこれは子育て期の話で、当たり前だが子供が成人してからも親子関係は続く。むしろその後の時間の方が遙かに長い。しかし高齢出産の子育てが終わった後の話はあまり聞かない。私は自分の親との関係やいろんなFP相談で「高齢出産って自分の老後や子供にとってはいいかも」という思いに至った。今回はそんな高齢出産の子育て期後の話である。

 それに気づいたのは昨年、親を相次いで見送り「相続」を経験したときだ。それまで気にもしなかったが相続に関する膨大な書類に何度も親の生年月日を書いていて、ふと「私との年齢差はいくつだろう」と考えた。私は親がいくつの時の子供などということはそれまで考えたこともなかった。たぶん子供にとって親の年、まして年齢差なんて運命として受け入れることであり、第一、興味の対象外だ。

 計算してみると私は父が35歳、母が31歳の時の子供であった。戦争があったので結婚が遅かったのと、最初にできた子供を2人も亡くしているので、当時としては遅い子供だった。そんなことにコンプレックスもなければ気にもしなかったし、一昨年に親を相次いで見送った時は私が59歳で「そんなもんかな」と別に感慨もなかった。

 しかし最近のFP相談で多いのが子供からの親子問題。親の老後を支える子供の重圧、特に金銭的問題が大きい。そこで意外と大事なのがこの親子の年齢差なのだ。統計資料でも介護される親世代の年齢はわかるが、それを支える子供世代の年齢は良くわからない。

 例えば親と子供の年齢差が20年だと親が80歳の時、子供は60歳、親が90歳の時は70歳となる。「老老介護」というのは高齢者が高齢者の介護をすると言う意味だが、一つは夫(妻)を妻(夫)が介護する場合、もうひとつが高齢になった親を高齢になった子供が介護する場合の2つがある。

 親子の老老介護では年齢差があまりない場合、親が長寿になると子供は確実に高齢者になる。今時90歳代で亡くなるのは普通のことで、子供が70歳代というのも良くあるが、これがどんな意味を持つのかイマイチピンとこなかった。でも自分に置き換えるといろいろ考えさせる。もし、私が仮に父が24歳、母が20歳の時の子供だったら、年齢差が11年ほど短くなり、親が亡くなるときに私は70歳となる。親を見送るのが60歳か70歳かは実は子供にとって大問題。ウチの場合は遠距離介護が8年間だったので、実際の遠距離介護期間は私が51歳~59歳だった。これが11年遅ければ62歳~70歳になる。

 つまり今60歳の私が2年後から遠距離介護を始め70歳で終わることになる。私の介護経験なんてしょせん遠距離介護で、同居介護の苦労には足下にもおよばない。それでも元気な50歳代だからやれたのであって、今でもヘトヘトなのに60歳代のほとんどが介護一色となると体力的、精神的、金銭的にかなりキツいし、やり切れる自信もない。親を見送ってヤレヤレと思う頃には自分自身も老後が始まっている。親子の年齢差が短いというのはこういう事だ。

 親の存在や親子関係は本当に人それぞれ。私の場合、育ててもらった感謝や親愛の情はもちろんあったし、介護も義務感だけでイヤイヤしたわけでもない。それでも親の存在は重荷ではあった。自分のことを決めるのに、つい親のことを考えてしまう。親の期待や思惑を受け入れるにせよ、反発するにせよ、無視するにせよ、親の顔が浮かぶのだ。だから、親が死んだとき「もう会えない」という悲しさや寂しさと同時に、「やっと終わった」と少しホッとした。どんな良い親でも多かれ少なかれ親なんて抑圧的存在で、息子にとっての私も同じだろうと思う。

 まして「毒親」や「親に疲れた症候群」といわれるような子供を支配したり、依存したりする親なら尚更だ。FP相談でも「これは親が子供の人生を食いつぶしているなあ」と思う相談もある。5060歳代の若い親が子供に金銭的、精神的に依存するケースである。そして年齢差が近ければ近いほどその親子関係は長く続き、子供は自分自身の人生を歩めない。そしてやっと親を見送った時には自分が高齢になっている。当たり前だが子供の人生は親のものではない。

 1970年代は70歳代で亡くなった親が、今や90歳が当たり前になって、親子関係がほぼ20年長くなった。前人未踏の高齢化社会になり親子関係だって変わらざるを得ない。親子の距離をとり、お互いにあまり依存しない。そうしないと今時の長い親子関係は保てない。特に子供にとって、いつまでも親がいる状況と自分の人生に折り合いをつけないと自分の老後期の大事な時間がなくなってしまう。

 次回は高齢出産で子供を産んだ場合の年齢差が年取った親にとっても成人した子供にとってもいいかもというお話です。


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